2000/04/05
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表紙

1.主旨と説明
2.用語集
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5.カメラ雑文
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7.テーマ別写真
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カメラ雑文

[358] 2002年06月03日(月)
「今こそ写真知識」

パソコンが普及してしばらく経つ。

一昔前のパソコンは、単なる数字を入力され、そして処理結果を数字で返した。
だがそのうち、入力も出力も、人間の感覚に近い形で行われるよう工夫されてきた。マウスでポインタを移動させ、その様子をモニタ画面上でアニメーションとして表現させる。
モニタ上には仮想的な机「デスクトップ」があり、マウスでファイルをドラッグすると、コピーや移動が行える。要らないファイルは、隅にあるゴミ箱に放り込めば良い。人間が手で物を掴んで動かすかのような動作を、パソコンの画面の中であたかも本当の出来事のように表現している。これは実体の無い幻とも言えようが、緻密な計算の上で再現された光景であるが故、信頼のおける再現性のある幻なのだ。

今やその幻は現実の世界を手本に様々な分野に広がり、例えばグラフィックソフトを立ち上げればキャンバスが現れ、音楽ソフトを立ち上げればキーボードが現れる。それは、直接手で触れないということを除けば現実そのものである。いや、ともすれば現実のそれらよりも多機能で融通が利いたりする。

このように、パソコンが現実世界を画面内に取り込もうとしているのは明らかであるが、写真の世界でもパソコンに取り込まれたものが幾つもある。
我々は、パソコン用グラフィックソフトに搭載されている「アンシャープマスク」や「覆い焼き」、「ソラリゼーション」という機能が、写真の暗室テクニックに関する手法であるということを知っている。
最近では、数枚のフィルムを合わせて1つの画像を合成する「コンポジット」という特殊技法さえパソコン上で再現可能となった。

これらは、現実の世界では面倒な作業をパソコンの画面の中で仮想的に行うことにより、失敗を恐れること無く手軽に処理を実現させる。
本当に便利な世の中になった・・・。

ところがこの便利さ故に、それが元々どういうものが実体であったのかということを知らぬ者が増えている。写真に関して言えば、グラフィック・デザイナー(またはグラフィッカー)などはその典型。

彼らは自称職業であるため、そのスキルには天と地ほどの開きがある。天に近い者は誰からも尊敬される知識と知性を持っている。また、地に近い者は自分のスキルを上げるべく必死に努力しているという謙虚さがある。
だがその中間には、澱(よど)んだ水の如く向上心や好奇心も無い者が多く目に付く。ヤツらはそれなりの業務をこなし、ソコソコの実績を持っている。だがそれは、ヤツらの言う「感性」という試行錯誤の結果であり、手当たり次第に試したツールのコラージュである(「感性」という言葉を多用するグラフィッカーには気を付けろ)。
なぜそのようなツールを使ったのか、それは理由など無い。感じるものがあっただけだろう。
それ故、バージョンアップ版が現れればすぐに飛びつき、プラグインなども手当たり次第に導入する。

こういったヤツラには写真の知識など皆無に近い。何しろ、スライドフィルムが普通のカメラに使えるということを知って驚くくらいである。スライドフィルム専用のスライド作成カメラがあるとでも思ったか?
グラフィックの基本は写真であるのに、なぜ写真の知識が無くとも平気なのか。それは、彼らがエセだからである。

エセ(似非)とは、「似て非なるもの」という意味。
あたかも、楽譜を読めぬ音楽家のように、ヤツラは「感性」という詭弁を巧みに使い、自分の知識の薄さを誤魔化す。
ヤツラの言葉は、全てにわたって薄っぺらくインチキ臭い。

「何でもかんでもアンシャープ掛けるってのは感心しないな。」
「覆い焼きツールってさ、焼くって言うけど実は白くなるんだよ、間違えやすいからココ、ポイントね。」
「ソラリゼーション? 反転機能使ってりゃいいよ。同じ機能だから余計なフィルタだね。」

アンシャープマスクのマスクとはどういうものか知ってて言っておるのか。
覆い焼きツールのアイコンがなぜという形なのか知ってて言っておるのか。
ソラリゼーションが単なる反転ではなく第二露光を行うテクニックだということを知ってて言っておるのか。

「覆い焼き」という言葉は日本語であり、その言葉から何か興味を引かれないのかと思う。それが、知識を取り入れるための良い機会ではなかろうか。
恐らく、「たまたまそういう名前が付いているだけだ」としか思わないのだろう。名前など深くは考えず、ただ、良さそうなものを集めて組み合わせるだけ。それがヤツラの言う感性だとしたら、まったくデザインというものも安っぽくなったものだと思わざるを得ない。

パソコンも、利用出来そうだと思うと導入し、必要なものだけをつまみ食いする。
自分のよく使うグラフィックソフトについては異常に詳しいものの、パソコンのハードやシステム環境などについては呆れるほど無知だったりする。いや、無知と言うよりも、そもそも無関心だ。
そういうヤツラを見ていると、写真というものを学び、ひとつの画(え)というものがどのようにして得られるのかということを知ることの大切さを今さらながらに実感する。

最近のグラフィック系ソフトウェアは機能も多く、それを使いこなすにはかなりの努力が必要であろう。だが、いくらそのソフトの説明書や解説本を読破しようが、根底にある知識の有る無しの差は非常に大きい。
例えば3D-CG作成ソフトには「あおり」機能があるが、その機能を撮影距離やアングルなどを考えて使っている者はどれだけいるか知りたいものだ。我輩などは、実際のあおり撮影で色々と苦労させられたから、この機能の有り難みや使い過ぎの危険性は痛いほど感ずる。

<Photoshopの画面> <Shadeの画面>

我々、写真を趣味とする者たちにとって、その知識は非常に基本的な写真知識であり、その言葉を聞いただけで頭の中にイメージが湧く。デジタル処理に隠され人の目に映らぬ作業工程を知っている。
今こそ、写真知識が問われる時代と言えよう。

パソコンの知識など、後からいくらでも取り返しがつく。経験無くとも本さえ読めば足る。だが、深く長い経験を要する写真の知識は、我々の血であり肉である。
デジタル化へ進もうとする世の中ではあるが、我々は、写真を趣味としたことを幸運としなければならない。
それらは、エセどもには無い決定的な強みであるのだ。